見ているのが一番だ

新国立劇場
ドニゼッティ/《愛の妙薬


東京フィルハーモニー交響楽団
指揮:パオロ・オルミ
演出:チェーザレ・リエヴィ
アディーナ:タチアナ・リスニック
モリーノ:ジョセフ・カレヤ
ベルコーレ:与那城敬
ドゥルカマーラ:ブルーノ・デ・シモーネ

原色の明るい衣装と,「ELISIR」の巨大な文字オブジェを活用した,ポップな舞台。舞台左右には独・日・伊語で「トリスタンとイゾルデ*1」と書かれた巨大な本の背表紙が聳え立ち,他にもいたるところに本が象徴的に用いられている。主要人物の髪は原色で,たとえば銀髪のアディーナはマリリン・モンロー風である。緑色で左右のとんがったドゥルカマーラの髪型も,何かモチーフがあるのだろう,どこかで見覚えがあるのだが思い出せない。
他の歌手がかすむほどのカレヤの声量に驚き。なおリスニックとカレヤは夫婦らしい。かつてのゲオルギュー&アラーニャのパターンですね。主役二人は安定した歌唱(無難と言えなくもない)という印象。与那城も好感のもてる歌唱だったが,後半でやや声量が落ちたように思うのは気のせいだろうか。《チェネレントラ》に引き続きのシモーネはやはり芸達者で楽しい。
客席が,どうでもいいところで笑うわりに肝心の笑い所での反応が薄いのが気になった。たとえば第2幕冒頭,アディーナとドゥルカマーラが劇中劇風に歌う二重唱で,「すきっ歯の元老院議員」を演じるドゥルカマーラ役のシモーネは,声色を変えるのみならず,ちゃんとヒュッヒュと歯間から息の漏れる音を交えて歌うのである。さすが!あるいは,アディーナがネモリーノに想いを告げる場面。「トリスタンの妙薬…それほど愛していたのね…」みたいなアディーナの台詞の後,チェンバロがご丁寧にヴァーグナーの《トリスタン》から「憧憬の動機」を挿入していた。ベタだけどそうこなくっちゃ*2という感じですね。
あと,「処方箋は私の可愛い顔よ」と歌って挑発するアディーナに対し,ドゥルカマーラが"Si, briccona.(この小悪魔め)"と言うのが,あたかも「ぶりっ子!」と言ったように聞こえたためか客席爆笑だった。
この話って,実はネモリーノの叔父の死をいち早く知っていたアディーナが,財産目当てにネモリーノの愛を受け入れたと考えられなくもないのではないか。

*1:この歌劇は,トリスタンとイゾルデ伝説に登場する愛の妙薬をネモリーノが求めて動き出すストーリーである。ヴァーグナーの楽劇はこれより後の作曲。

*2:ヴァーグナー自身,《マイスタージンガー》において,ザックスがトリスタンとイゾルデの話題を持ち出す場面で自作の動機を引用している。